尼崎走ろう会 Amagasaki Running Club

尼崎走ろう会は1970年に発足したランニングクラブです

2024年に54周年を迎えました

コミュニティ広場

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総監督からのお礼!

神戸バレンタインラブラン駅伝に参加して下さった

皆さん本当に有難う御座いました。

全員無事完走出来たことに感謝します。

その上予想以上の成績だった事に感激しております。

温泉会食も楽しく出来た事に感謝、感謝です。

又、次回のイベントもよろしくお願いします。

総監督からのお礼でした。

神戸バレンタインラブラン

ひこのらんなさんの投稿で「今日は走ろう会のメンバーからよいニュースを聞きました、5月の好き日に、、、コングラッチュレーション」という部分がありますが、その走ろう会のメンバーというのはこの自分のことです。ひこのらんなさん、そしてバレンタインラブランに参加した走ろう会の皆さん、ありがとうございます

神戸バレンタインラブランでは5kmのペアで参加しました。二人で走るから40分はかかるだろうと思っていました。その予想以上の結果になりました。34分36秒でした。これはペアの競技ですから、一人が早くゴールしても意味が無いんですよね。二人でゴールすることに意義があるのです。こういう経験は初めてだったので、自分も彼女も楽しく走れました

鄭成玉氏の親善交流日誌(その2)

 その日も飲んで食ってと楽しい一日だ。特に朝方黒門市場で買ったマグロ(チャムチ)を肴に観光バスの中での焼酎の味は誠に絶品であった。ホテルの夕食が少なかったのか、しばらくしてそろそろお酒がほしくなってきた。次の日のマラソンに備えてホテル近所の横丁の居酒屋でビール・お酒を一杯だけと約束してホテルを出た。皆マラソンで鍛えた体力があるので、酒量は普通の人とは並はずれている。が11時にはホテルに帰った。?

 太極旗を胸に日本列島を走った

 9日(日)朝7時にマラソンユニホームをきちっと身につけた我々一行は大阪の阪急電車(訳注:阪神電車)に乗って芦屋長浜公園(訳注:高浜の芦屋中央公園)のマラソン出発地点に到着した。気温16℃湿度50%程度、穏やかな風が襟元をなで、満開の桜の匂いが鼻をくすぐる絶好の晴れの天気だ。国際マラソン大会とはいえ、道の辺には上品できれいな住宅と通りがよく似合う、こじんまりとした都市で行われるファンラン・マラソン大会である。六甲山から流れ出る芦屋川の川辺には桜と連翹(レンギョウ)が満開で、瀬戸内海の海岸では若者がヨットに乗る姿が壮観だ。

 5700余名のマラソンランナー達が様々なユニホームで一斉に群れをなして疾走した。道ばたに応援に出てきた住民達は、太極旗の付いたユニホームの我々に気づくとすぐ、「ガンバレ」「ファイティング」「ヒムネセヨ」と叫びながら激励の拍手を送ってくれた。我々も片手を振りながら「カムサハムニダ」「ありがとう」と答えた。韓流ブームの影響もあるが、韓国に対する認識が10年前よりも大いに良くなったと感じる。韓国と違って応援に出てきた住民たちが多いのが良い。これも観光資源であり、国の品格でもある。 (続く)

神戸バレンタインラブラン

神戸バレンタインラブラン参加してきました。
走ろう会から大勢参加されてましたね
ハーフ、10K、5Kペア、駅伝になんと10000人の人が参加されました、

走ろう会のメンバーもハーフ走って駅伝参加する人も。
5Kペア走って駅伝走る人も、駅伝1区走って着替えて3区走る人も そしてこんな人も、走ろう会の人ですよ、誰か分かりますか?
私はkayano嬢とラブラブカップル
頭にうさちゃんのカチューシャ、お尻に白い尻尾をつけさせられて?でも結構その気になります、5Kを30分かけて遊ばせて貰いました。
小学生からウサギのコスプレがんばれ!と声援を貰って思わず苦笑いしましたが。

今日は走ろう会のメンバーからよいニュースを聞きました、5月の好き日に、、、コングラッチュレーション

鄭成玉さんのこと。

何年前になるんですかね、私が勤めている会社の大阪支店に、御堂筋沿えの韓国領事館から私宛に電話がありました。
たまたま私は外出中で会社にいなかったんですが。
電話をくださいとの言づけでした。
帰社後、恐る恐る領事館に電話すると領事さんでした。
今回韓国からこられる鄭成玉さんは私の大先輩です。
こんど先輩がお世話になります、ヨロシクお願いしますとのことでした。
尼崎走ろう会とだけしか聞いてなかったんであっちこっち尋ねまわったとのことでした。
会社の連中も何事かと思ったようですが、個人的なことだからと理由はいわなかったんですが。
その領事館は、私の会社から直線、南に2キロ、大坂府警の機動隊がバスを止めて常駐警備をしています。
その領事館からの電話でしたからビビッタ思い出があります

その後お会いしてそのことをお話しすると笑っておられましたが、鄭成玉さんが会長をしておられるクラブは韓国最大のクラブで会員数1000人以上おられるんですよね。今走ろう会の練習会の亀さん部は一山湖水マラソンクラブの亀さんチームから頂いた名前です。

ちなみに高速ランナーのチームは ウサギさんチームだそうですよ。

奈良は雪景色

昨年に引き続き「いかるが法隆寺マラソン」にkayapapaと共にエントリーしていましたが、
夜からの雪と急激な冷え込みで気分としては”走りません度”が30%
しかし、大会事務局の7時の発表では大会は開催予定、となっていたのでとりあえず出かけました。
スタートは12時なのでまあ大丈夫かな、と思いつつ…

午後にはあがるといっていた雪は大阪まで来ても止む気配なし。
この辺りで”走りません度”70%
久宝寺、王寺と進むに従ってますます雪が増えてきて”走りません度”95%
法隆寺駅を降りると改札の向こうで大会役員の方が叫んでいる
「法隆寺マラソンは中止になりました!」
参加賞は後日郵送するけれど、会場でも配っているとのことだったので、
無料シャトルバスで会場へ向かい、参加賞のリュックを受け取り、
具沢山の豚汁とお団子(いずれも無料)をいただきました

折角なので、そのまま歩いて法隆寺へ
すっかり雪化粧した法隆寺と中宮寺を堪能して帰りました。
ああ、kayanoにとってはマラソンより良かったかも


13日はバレンタイン・ラブ・ランですね。
この日はお天気も回復しそう

kayanoは阪急塚口8時24分発で行く予定です。(ポートライナー三宮8時55分発に乗り継ぎます。)

kayano&ひこらんペアは可愛く走ります
ご一緒の皆様、宜しくお願いします。

鄭成玉氏の親善交流日誌(その1)

マラソンを通じた韓日親善交流日誌

-なぜしんどいのにマラソンを走るのか-?

鄭成玉(前 日本 大阪広報長官)?

 周りの人たちは今でも、マラソンをなぜするのかと聞いて健康を心配してくれる。その通りマラソンはしんどくて難しい。しかし、ジョギングをするようにゆっくり走るといくらでも走れる。「まだ青春なんだから今年もフルコースマラソンを走ろう」という野望をもって、5年前のマラソン日誌を取り出してみる。?

 関西空港の歓喜と観光

 2006年4月17日(金)3泊4日の日程で日本の芦屋国際マラソン大会参加と韓日親善交流のために日本の関西空港に降り立った。空港出口には一山湖水マラソンクラブ(注1)一行18名を歓迎するプラカードを持った日本の尼崎走ろう会(注2)の会員達が見えた。互いに抱き合いながら嬉しそうに握手する姿は美しい。お元気でしたかと、韓国語と日本語でお互いにうちとけた様子で話を交わしている。

 2003年1月に、韓国から会員12名が日本の西宮国際ハーフマラソン大会に参加したのが始まりで、2005年4月には、日本側から会員11名が、一山湖水マラソン大会に参加、2回目の交流の縁を結んだことをお互いに喜びあったものだ。

 喜びと興奮の時間が過ぎ、日本側が提供した車で我々の荷物を大阪のホテルまで運搬してもらい、深田日本会長ら迎えに来てくれた日本側会員と一緒に南海電鉄のラピートで大阪・難波に着くと、すでに日が暮れて、おなかがすいてきた。ホテルに入る前に夕食をとろうと言うことになった。予約はないがホテルの近所の食堂で食事をした。ビールや酒(日本清酒)を甘いつまみをアテに楽しく食べて飲んだ。

 日本の高い物価と為替レートにおびえることなく浴びるように飲んだ。韓国人の気質に負けず劣らず日本側も同じだ。日本側と分かれてホテルに向かう途中、会員の誰かが大阪の有名な金龍ラーメンを食べてみようと言った。金龍ラーメンはキムチを好きなだけ食べることが出来るので都合が良く、二日酔いにもおあつらえ向きだ。

 次の日、4月8日(土)は朝8時に貸し切りバスで奈良・法隆寺と東大寺を観光した。案内者がいないので筆者が通訳兼案内人の役を引き受けた。4月の桜の花のにおいをかぎながら春を満喫する観光客で高速道路の駐車場も、寺院の境内も満員だ。観光地と化した神社の境内の観光客の姿を見るのも良い観光だ。

(以下その2)

雪は降る  あなたは来ない♪

午前中だけ降ってましたね、わたしはあの豪雪地帯魚沼で少年時代をすごしました。だから雪が降ると血が騒ぎます。これは積もるぞっと思いましたがベランダの雪を見てがっくり、ベタベタこれはアカンつもらへん、スグ消える、私は雪博士です、分かります。
雪が上がったら気温が上がってきました。

そしてラン、武庫川堤防へ、堤防に着いたらネコちゃんとパッタリ、私の秘密練習を見られてしまった。

「文公會報」を送って頂きました

 韓国一山湖水マラソンクラブの鄭成玉会長から、
       「文公會報(文公会員情報誌) 通巻50号 2011.1」
という刊行誌を送って頂き、今日届きました。

 添付のメモには次のように書いてあります。
  『 「文公会」とは、中央政府機関である文化観光体育部退職者の集まりです。
   現在は監事(1999年以来)で、前局長等歴任し、金大中政権時、名誉退職(強制)しました。
   韓日親善マラソン日誌を掲載されたので送付します。 』

鄭成玉会長は、以前は韓国政府大阪領事館の広報長官でした。

 記事のタイトルは、 
   「マラソンを通した韓日親善交流日誌」-なぜしんどいのにマラソンをするのか-
となっています。
 交流は2006年の第3回交流「芦屋マラソン」の3泊4日の記録を中心に、
我々の知らない観光・夜の行動や交流の感想などがつづられています。
 また、副題に有るように、鄭成玉会長の走るようになった理由などが記されています。

 時間を見て逐次訳していこうと思いますので、楽しみにして下さい。

深草哲

2009年2月・2010年2月・2011年1月・過去3年間の例会スタート地点風景

今日私が過去走ろう会の風景を撮影した写真を整理していたら、たまたま過去3ヵ年間の冬1月~2月スタート風景の写真が出てきました。

それをちょっと加工してみました。

上から2011年1月、真中が2010年2月、下が2009年2月です。

写っている方は、ラッキーかな?

見てください、

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