尼崎走ろう会 Amagasaki Running Club

尼崎走ろう会は1970年に発足したランニングクラブです

2024年に54周年を迎えました

コミュニティ広場

鄭成玉氏の親善交流日誌(その1)

マラソンを通じた韓日親善交流日誌

-なぜしんどいのにマラソンを走るのか-?

鄭成玉(前 日本 大阪広報長官)?

 周りの人たちは今でも、マラソンをなぜするのかと聞いて健康を心配してくれる。その通りマラソンはしんどくて難しい。しかし、ジョギングをするようにゆっくり走るといくらでも走れる。「まだ青春なんだから今年もフルコースマラソンを走ろう」という野望をもって、5年前のマラソン日誌を取り出してみる。?

 関西空港の歓喜と観光

 2006年4月17日(金)3泊4日の日程で日本の芦屋国際マラソン大会参加と韓日親善交流のために日本の関西空港に降り立った。空港出口には一山湖水マラソンクラブ(注1)一行18名を歓迎するプラカードを持った日本の尼崎走ろう会(注2)の会員達が見えた。互いに抱き合いながら嬉しそうに握手する姿は美しい。お元気でしたかと、韓国語と日本語でお互いにうちとけた様子で話を交わしている。

 2003年1月に、韓国から会員12名が日本の西宮国際ハーフマラソン大会に参加したのが始まりで、2005年4月には、日本側から会員11名が、一山湖水マラソン大会に参加、2回目の交流の縁を結んだことをお互いに喜びあったものだ。

 喜びと興奮の時間が過ぎ、日本側が提供した車で我々の荷物を大阪のホテルまで運搬してもらい、深田日本会長ら迎えに来てくれた日本側会員と一緒に南海電鉄のラピートで大阪・難波に着くと、すでに日が暮れて、おなかがすいてきた。ホテルに入る前に夕食をとろうと言うことになった。予約はないがホテルの近所の食堂で食事をした。ビールや酒(日本清酒)を甘いつまみをアテに楽しく食べて飲んだ。

 日本の高い物価と為替レートにおびえることなく浴びるように飲んだ。韓国人の気質に負けず劣らず日本側も同じだ。日本側と分かれてホテルに向かう途中、会員の誰かが大阪の有名な金龍ラーメンを食べてみようと言った。金龍ラーメンはキムチを好きなだけ食べることが出来るので都合が良く、二日酔いにもおあつらえ向きだ。

 次の日、4月8日(土)は朝8時に貸し切りバスで奈良・法隆寺と東大寺を観光した。案内者がいないので筆者が通訳兼案内人の役を引き受けた。4月の桜の花のにおいをかぎながら春を満喫する観光客で高速道路の駐車場も、寺院の境内も満員だ。観光地と化した神社の境内の観光客の姿を見るのも良い観光だ。

(以下その2)

このページの先頭へ戻る